三度変わったThree Changes
いまタジク語がキリル文字で書かれるのは、当たり前のことではありません。 20世紀に入ってから、表記は三度も入れ替わっています。
| 時期 | 文字 | 背景 |
|---|---|---|
| 〜1920年代 | アラビア文字 | 千年続いた書きことばの伝統 |
| 1920年代後半〜1930年代 | ラテン文字 | ソ連の識字政策 |
| 1940年〜現在 | キリル文字 | ソ連の方針転換 |
アラビア文字の時代The Arabic Script Era
9世紀から10世紀ごろ、この地域の書きことばはアラビア文字で書かれるようになりました。 イスラム化にともなう変化です。 それ以前に使われていた文字は、しだいに使われなくなりました。
以後千年にわたって、現在のイラン、アフガニスタン、中央アジアにまたがる広い範囲で、 同じ文字、同じ書きことばが読み書きされます。 詩も歴史書も宗教書も、この文字で書かれました。 いま「古典」と呼ばれる作品の大半は、この時代のものです。
ラテン文字の10年余りThe Latin Interlude
1920年代、ソビエト政権は識字率を上げる政策を進めます。 その一環として、中央アジアやカフカスの各言語で アラビア文字からラテン文字への切り替えが行われました。 タジク語も1920年代後半にラテン文字へ移ります。
理由としては、短母音を書けること、 学習が容易であることなどが挙げられました。 同時に、アラビア文字が宗教や旧来の教育制度と結びついていたことも、 政策の背景にあったと考えられています。
ただし、ラテン文字の時代は長く続きませんでした。 10年あまりで、次の変更が訪れます。
キリル文字へTo Cyrillic
1940年、タジク語の表記はキリル文字に切り替わります。 ソ連全体の方針転換によるもので、 同じ時期に中央アジアの他の言語も同様に移行しました。
採用されたのはロシア語のアルファベットを土台にした体系です。 ただし、そのままでは足りない音がありました。 そこで6つの文字が新たに作られます。
いずれも、似た音を表すロシア語の文字に線やしっぽを加えた形をしています。 г に横棒を足した ғ、 к にしっぽを付けた қ。 形と音が対応するよう工夫されています。 くわしくは文字と発音のページで扱います。
逆に、この言語に無い音を表すロシア語の文字も、 当初はそのまま残されました。 それが整理されるのは、独立後のことになります。
1998年の改革The 1998 Reform
1991年の独立から数年後、正書法が見直されます。 1998年の改革で、この言語に無い音を表す4文字が廃止されました。 ロシア語から引き継いだまま、実際には使い道のなかった文字です。
現在の35文字という数は、この整理を経た形です。 古い本や資料では廃止された文字を見かけることがありますが、 いま書かれるものには現れません。
いまの議論The Ongoing Debate
独立以降、アラビア文字に戻すべきだという議論が繰り返されてきました。 主張の根拠は、古典との断絶を埋めること、 同じ言語を話すイランやアフガニスタンとの往来を容易にすることなどです。
一方で、実現には大きな困難がともないます。 全国民の再教育、教科書や公文書の作り直し、 そしてキリル文字で書かれた80年ぶんの蓄積が読めなくなること。 三度目の断絶を招きかねない、という懸念です。
学ぶ側にとっての意味
現時点でタジク語を学ぶなら、キリル文字を覚えることになります。 そしてこれは、学習者にとってはむしろ幸運な状況です。 母音がすべて書かれるため、書いてあるとおりに読めるからです。
ここで語の形と発音を覚えておけば、 あとからアラビア文字の資料に移るときにも、 読み方で迷うことがありません。 三度の変更が起きた歴史が、 いま入ってくる人にとっては入りやすさを生んでいます。
タジキスタンという国 → 国土の9割が山地。パミール高原と、そこで話されるもうひとつの言語群について。