3つの標準語Three Standards
タジク語、イランのペルシア語、アフガニスタンのダリー語。 この3つはひとつの書きことばの伝統から分かれた、対等な標準語です。 どれかが本家で、ほかが枝分かれ、という関係ではありません。
| タジク語 | ペルシア語 | ダリー語 | |
|---|---|---|---|
| 主な地域 | タジキスタン | イラン | アフガニスタン |
| 文字 | キリル文字 | アラビア文字 | アラビア文字 |
| 借用語の主な出どころ | ロシア語 | フランス語・英語 | 英語・パシュトー語 |
共通の土台は、9世紀から10世紀ごろに成立した書きことばです。 現在のイラン、アフガニスタン、中央アジアにまたがる広い地域で、 同じ文語が千年にわたって読み書きされてきました。 いまの3つの標準語は、その伝統をそれぞれの土地で受け継いだものです。
何が同じかWhat They Share
文法の骨格
文法はほぼ共通です。タジク語で覚えたしくみは、 そのままほかの2つでも通用します。
| しくみ | 内容 |
|---|---|
| 名詞に性がない | 男性・女性の区別を持たない |
| 格変化がほとんどない | 語形を変えるかわりに前置詞と語順で示す |
| イザーフェ | 名詞に -и を付けて後ろの語とつなぐ |
| 2つの語幹 | 不定形から過去語幹と現在語幹を取り出して活用させる |
| 語順 | 主語 — 目的語 — 動詞 |
基本語彙
日常のもっとも基本的な語は、ほとんど重なります。 発音のなまりを差し引けば、同じ語です。
| 意味 | タジク語 | ペルシア語(転写) |
|---|---|---|
| 水 | обob | āb |
| パン | нонnon | nān |
| 本 | китобkitob | ketāb |
| 家 | хонаkhona | khāne |
| 行く | рафтанraftan | raftan |
何が違うかWhere They Differ
1. 文字
いちばん目に見える違いです。 タジク語はキリル文字、ほかの2つはアラビア文字で書かれます。 くわしくは文字の変遷のページで扱います。
表記の違いは、単なる見た目の問題にとどまりません。 アラビア文字では短い母音を書かないため、 語の読み方を一つひとつ覚える必要があります。 キリル文字のタジク語には、その手間がありません。
2. 借用語
どの言語と長く接してきたかで、入ってきた語が違います。 タジク語にはソ連時代を通じてロシア語からの語が多く入りました。 技術や制度に関わる語に目立ちます。
| タジク語 | 意味 | 出どころ |
|---|---|---|
| журналzhurnal | 雑誌 | ロシア語から |
| мошинmoshin | 車 | ロシア語から |
| вокзалvokzal | 駅 | ロシア語から |
3. 語の選び方
同じ意味を表すのに、どの語をふだん使うかが分かれることがあります。 どちらの語も両方の言語に存在していて、 使われる頻度や語感が違うという形の差です。
| 意味 | タジク語でよく使う | ペルシア語でよく使う |
|---|---|---|
| よい | нағзnaghz | khub |
| 話す | гап заданgap zadan | harf zadan |
4. 古い語や言い回し
中央アジアという位置から、 イランでは使われなくなった古い語や表現が タジク語に残っている場合があります。 逆に、イランのペルシア語には近代以降に入った西欧語系の語が多くあります。
呼び名をめぐってA Question of Names
「タジク語」「ペルシア語」「ダリー語」という呼び分けは、 言語の中身だけから決まったものではありません。 国境の引かれ方と、その後の言語政策が深く関わっています。
現在のタジキスタンにあたる地域は、20世紀前半にソビエト連邦の一部となりました。 この時期に、共和国ごとに言語を定め、名前を与え、 文字を整えるという作業が進められます。 「タジク語」という名称が制度として固まったのは、この流れの中でのことです。
話し手自身がどう感じているかも、一様ではありません。 共通の文学的遺産への強い意識を語る人もいれば、 それぞれの国語としての独自性を重んじる人もいます。 外から一つの答えを当てはめるべき問題ではない、 というのがこのサイトの立場です。
学ぶ側から見るとFor Learners
日本語話者がこの語群に入るとき、 タジク語から始めるのは合理的な選択です。 理由は文字にあります。
| タジク語から入る | ペルシア語から入る | |
|---|---|---|
| 文字 | 35文字。音とほぼ1対1 | アラビア文字。語中で形が変わる |
| 母音 | すべて書かれる | 短母音は書かれない |
| 読む方向 | 左から右 | 右から左 |
| 日本語の資料 | ほとんど無い | 教科書・辞書がある |
日本語の資料の量ではペルシア語に分がありますが、 最初の関門である文字については、タジク語のほうが軽いといえます。 キリル文字で語の形と発音を覚えてしまえば、 あとからアラビア文字に移るときにも、読み方で迷わずに済みます。
文字の変遷 → なぜタジク語だけキリル文字なのか。20世紀に三度変わった表記の歴史を追います。